世界一周の旅★CANO'S DIARY

3年間に及ぶ、世界一周の旅。世界各国から放浪の記録をお届けします。

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ポト野郎の時代

皆さんは、 『ポル・ポト』 をご存知でしょうか?
おそらく、その名くらいは、誰もが耳にした事があるはず。
カンボジアの、恐ろしい近代史を作った主役。

彼は毛沢東の思想に強く影響され、
共産組織『クメール・ルージュ』の最高幹部となって、
1975~79年までのわずか4年間に、
国民の3分の1にあたる200~300万人の命を奪ったといいます。


P1140405.jpg
これが、ポル・ポト。(1998年死去)
この恐ろしい狂気の時代を
カンボジアの人々は
『サマイ・ア・ポート(ポト野郎の時代)』と
呼ぶそうです。


ポル・ポトが政権を取る以前から、
カンボジアはベトナム戦争に巻き込まれる形で、
激しい爆撃にさらされ、
国内の政治は混乱し、内戦状態にありました。

5年におよぶ内戦を終結させ、
新しいカンボジアを!!という
民衆の期待を背負って、
一国の党首となったのが、
皮肉にもこの男だった、というわけです。

1975年4月17日。
民衆の喝采を浴びて、
プノンペン(首都)入りした
ポル・ポト率いる『クメール・ルージュ』は、
その日のうちに、
プノンペン住民に銃口を向け、
農村部へ強制退去させました。
その数、200万人。

首都は1日にして、ゴーストタウンと化したそうです。

1年で一番暑いと言われる、4月のその日。
死体や糞尿で埋まった道を人々は
着の身着のままの姿で、
ただひたすら歩き続けました。

ポル・ポトが目指したのは、
農業を中心とした極端な共産主義国家。
そのために、全国民を1日で農民にしてしまったのです。

それまでの社会制度、通貨、伝統文化、教育、宗教etc…
すべてを否定し、人々の自由のすべてを奪いました。

農村に連れてこられた老若男女すべての人々は、
家族と離れ離れにさせられて、
労働グループの集団生活を送りながら
強制労働を課せられました。

満足な食事も与えられない環境での、過酷な労働。
人々は栄養失調、病気、過労、処刑のために、
次々に命を落としていったそうです。

また、ポル・ポトは、
政治権力維持のために、
“内部の敵”の粛清も徹底的に行いました。

彼の側近を務めた人間や、
長年クメール・ルージュに貢献してきた人間、
さらにはその家族までを
裏切り者として処刑しています。

最大の政治犯尋問センターとして使われた
プノンペンの『トゥール・スレーン刑務所』は、
現在、ポル・ポトの残虐行為を象徴する
博物館として残されています。

元は高校の校舎だった『トゥール・スレーン刑務所』
ここで、多くの人々が拷問の末、処刑されました。

こうした無謀な計画は、
当然のことながら、すぐに行き詰まりを見せ、
1979年1月、ベトナムが支援する新政権が成立。
ベトナム軍がカンボジア全土を占領する形で、
クメール・ルージュの支配が終わりました。

この時、『トゥール・スレーン刑務所』には、
殺害された14人の遺体が
ベッドに縛り付けられたまま放置されていたそうです。

このときのベッドや足かせ、犠牲者の衣類などが
当時のままの状態で展示されています。

クメール・ルージュ看守たちが撮影した
収容されていた人々の顔写真や、
処刑後の遺体の写真も展示されています。

DSCF2101.jpg
世界でもっとも恐ろしい博物館、
『トゥール・スレーン刑務所』の建物から。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

自分が生まれていた同じ時代に、
こんなに恐ろしい目に遭った人達がいたなんて。
衝撃だった。

カンボジアと聞くと、
ただ漠然と『暗いイメージ』を持っていた。

内戦、地雷、ポル・ポトの大虐殺…
こうした耳で聞いていた情報によるせいだろう。

これらは、確かにカンボジアが
通ってきた過酷な事実。

でも、今、ワタシの目の前にいる
カンボジアの人々を見ていると、
こんなに過酷な歴史を経験してきた人たちだとは、
とても想像できない。

なぜって、
それは、彼らがとてつもなく明るいから。

ポル・ポト時代を経験した人で、
肉親を1人も失っていない人は
皆無だと聞いている。

そんな悲しい現実とは真逆に見える、
カンボジア人の明るさには、
トゥール・スレーン刑務所で受けた衝撃とは
また別の、衝撃を受けた。

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カンボジアは、
ポル・ポト時代以降も政情の不安定が続き、
何度となく、内戦状態を繰り返してきた。

98年にポル・ポトが死亡。
近年やっと、本当の平和を取り戻した、というところ。

政治経済の中心的人物、学者、文化知識人etc…
国を担うべき有能な人材のほとんどを失ってしまい、
多くの文化的遺産も破壊されてしまった
カンボジアの復興は、困難を極めると言われている。

しかし。
今、カンボジアは本当に活気があります。

主要道路はほとんど整備されていているし、
プノンペンは想像以上の発展ぶりだった。
観光地は、ものすごい数の外国人旅行者で溢れている。

たった十数年で、
ここまでの回復を見せているなんて、驚きです。

彼らなら、きっと、
この国を立ち直らせられるだろう、と思う。

『頑張れっ!!!!!』

心の底から、そう応援したい。


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テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

ハンモックで過ごす毎日。

何もない【ムアンシン】の後、
ルアンパパーン(ラオスの古都)

バンビエン(ラオス1の人気観光地)

ビエンチャン(首都)

と、北から南へラオス観光のコマを順調に進め、
いよいよ最後の土地へ!

ラオス最後の訪問地は、
ラオス南部の【デット島】です。

このエリアには、メコン川に浮かぶ数千の島々が
点在しているそうです。
なかでも、外国人旅行者の間で人気のある島のひとつ、
【デット島】に来てみました。

DSCF2064.jpg
おぉ~!この景色。この川の色。
東南アジアに来たなぁ!!って気分になります♪


P1140150.jpg
ムアンシンほどではないものの、
やはり基本的に何もない、デット島。
もう驚かないけど、ね(笑)


P1140146.jpg
この強烈な日差しに映えますなー。
南国ムード満点。



デット島には、
メコン川に沿って安宿がズラ~っと並んでいます。
そのほとんどは、バンガロータイプ。
そう言うと、聞こえがいいかもしれませんが、
超おんぼろの、ですよ。(笑)

今にも、倒れそうに家ごと傾いてるバンガローや、
すき間だらけの壁等々、
宿探しには、注意が必要。

その代わり、宿代はめちゃめちゃ安い!
1泊10000 kip (120円)~ あります。
そして、よぉく、よぉく、選べば、
なかなか快適に過ごせる宿もありますよ♪

炎天下の中、大荷物を携えて、
1時間以上かけてワタシ達が選んだ宿は
1泊2人で30000 kip (360円)で、
水シャワー・FAN・コンセントプラグ付のお部屋
部屋は傾いていないし、
壁に穴もない、
しっかりした造りのバンガローで、まずは満足(*´ー`) ♪

そしてワタシがとっても気に入ったのは、
プライベートに使えるバルコニーには、
ハンモックが2つ付いてるトコ♪
DSCF2049.jpg
バルコニーの真下はメコン川。
川があまりに近いせいで、
ハンモックに揺られていると、
まるで船に乗っているような気分になります。


P1140149.jpg
バルコニーからの眺め。
乾季はもっと水量が少ないんだろうなぁ。


宿にはレストランも併設していて、
部屋食もOK!
食事の度に、外出しなくていいのも、
めっちゃ嬉しい~♪♪

ビール 10000Kip (120円)
フルーツシェイク 5000Kip (60円)
タイ風焼きそば 15000Kip (180円) etc…


と、ホテルで出してくれる食事としては、
かなりお安い料金設定なのも嬉しいの♪
(たぶん、島内はほとんどこんな料金設定のハズ)

ルアンパパーンや、
バンビエンなどの観光地に比べると、
物価が割安になるのもいいですねぇ~。

プライベート空間で、
ハンモックに揺られながらメコン川を眺めて、
本を読んだり、音楽を聴いたり。
のどが渇いたら、その場でビール!
暑くなったら、その場で川にドボンッ!
好きなように、
ダラダラと過ごせる環境なわけですねぇ~。

  *´∀`)♪*´∀`)♪*´∀`)♪*´∀`)♪
  *´∀`)♪*´∀`)♪*´∀`)♪*´∀`)♪



P1140183.jpg
1日に何度もドボンッ!ドボンッ!と飛び込むTomoちゃん。
一瞬でクールダウンですよ。



そしてワタシは…
P1140276.jpg
こんな場所で、1日中読書に浸れる幸せぇ~ (*´ー`)
こりゃあ、最っ高~だね!



P1140217.jpg
バルコニーからは、夕日も見えます。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

世界一周の旅をロサンゼルスからスタートして、
東回りにしたワタシ達。
(アジアからスタートする旅人は多い)

そのココロは…
物価が安く、治安の良いアジアを
旅のご褒美に取っておこう!と思ったから。

南米大陸では、
常に危険と背中合わせの緊張感を持ちつづけ…┗(;´Д`)┛


ヨーロッパでは、
€1≒170円という、
身も凍るような物価の高さにいじめられつづけ…┗(;´Д`)┛


中東では、
食文化の違い、宗教文化の違いにヤラレつづけ…┗(;´Д`)┛


アフリカでは、
涙無しでは語れない苦行の数々に鍛えられつづけ…┗(;´Д`)┛


いつもいつも、気の治まる隙がなかったものです。
常に、我らに襲いかかる様々な敵たちと闘ってきましたさ。

『旅って、思い描いていたほど楽しくないなぁ…』
そう、嘆きたくなる場面も数え切れない程あった!

でも。
しかし。
やっと!!!

今、その数々の乗り越えてきた試練が、
報われたなぁ~~~~と
しみじみと実感できます。

( ;∀;) ( ;∀;) ( ;∀;)
( ;∀;) ( ;∀;) ( ;∀;)
タビ、ガンバッテキテヨカッタ…。


こんな、素晴らしい場所に、
何者かと闘う必要もなく(笑)、
好きなだけ居られるなんて☆

なんて、素晴らしい贅沢なんでしょう☆

まさに、ご褒美の地。
ありがとう、デット島 ヽ(*´∀`)ノサイコーダ!


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何も無いのが、見所です?

「のんびりしてて良いトコロですよ~。」
「何もないですけど、ね。」


誰に話を聞いても、
同じようなコメントが返ってくるラオス。

来てみて、なるほど。

確かに、のんびりしていて、
人も穏やかそうで、良さそうな所。

ここまで乗ってきたバスも、
たった50キロの距離を
しかも舗装された平坦な道を
2時間かけて走りました。

平均時速25キロ。(笑)

のぉ~んびりしてますねぇ~。
何かと、人が多く、セカセカしている中国から来ると
拍子抜けしてしまいそうなほど、
本当に、みんなノンビリしています。

ラオスに入って、最初のお食事。
こちらは、ラオス料理の定番。
DSCF1780.jpg
「ヌードルスープ」
ダシのきいたあっさりスープが
暑いこっちの気候に合う!
香草やナンプラーなどを足して、
自分で味付けを調整して食べます。


ここの店主のおじさんは
本当に人が良さそうで、
優しい笑顔でワタシ達を迎えてくれました。
“いい人!” を絵に描いたような顔をしていたのが
印象的だったなー。
中国とラオス、隣り合ってはいるけれど、
まったくの異国を感じますねぇ。

早速、ラオスのビールもチェックです!
DSCF1788.jpg
ラオスの国民的ビール!【ビヤ・ラオ】
1本10000 kip (≒120円)
親しみやすい味で、グビグビいけちゃいますぜ♪



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

ワタシ達が最初に訪れたのは、
『何もないよー』と言われるラオスの中でも、
さらに 『ホント、なんッッもないよー』 と言われている
【ムアンシン】という北部の村。

いやー。
旅人の皆さんのおっしゃる通り!
ホントに、なんッッも無くて、驚いた。(笑)

一応、ガイドブックにも乗っている場所で、
一応、観光地ではあるものの…。
みやげ物屋もなければ、
ネット屋もない。
かろうじて数件の宿とレストランがある、くらい。

DSCF1804.jpg
観光地というよりは、
ローカルの農村エリアにおじゃまする、という感じ。
それもまた、いいよね~。


P1130433.jpg
こちらは、ラオスの一般的な家屋。
川に囲まれている東南アジアらしい、
高床式住居です。
風の通りが良くて涼しげですねー。



宿の目の前にあったカフェで少し休憩です。
(っていうか、行くトコないし…ね。笑)

DSCF1794.jpg
見渡す限りの田園風景。
こんな景色を眺めながら飲む、
フルーツシェイクは、最高よ♪



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


中国でも、だいぶ田舎を周ったつもりだったけど…
上には上(?)があるもんですねぇ~。

心の準備が甘かったようで、
不覚にもちょっと、ひいてしまいました。(笑)
ここまで “何もない田舎” にくるのは、久々です。

ただ、ムアンシンの周辺には、
少数民族の住む村が多数点在していて、
レンタルチャリを借りれば、
沢山の村を見て周ることもできますョ。

ただひたすら、田園風景を眺めながら
誰にも邪魔されることなく、
ぼけ~っとし続けるっていうのも、
贅沢な過ごし方だけど、ね♪


DSCF1822.jpg
宿でひたすらぼけ~っとしていたら、
お天気なのに、突然スコールがおこり…
空にダブルレインボーがっ!!!
(この写真で、わかるかな??)



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