世界一周の旅★CANO'S DIARY

3年間に及ぶ、世界一周の旅。世界各国から放浪の記録をお届けします。

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アンコール遺跡群

世界旅に出ると、
必然的に(?)さまざまな遺跡と出合うことになります。

これまでにも、
メキシコのテオティワカン遺跡、パレンケ遺跡、
ペルーのマチュピチュ遺跡、
ヨルダンのペトラ遺跡、
エジプトのピラミッド、アブシンベル宮殿、
インドのカジュラーホー遺跡、
まだまだ他にもetc…
遺跡マニアが聞いたら “よだれモノ!!” の、
世界的に有名な遺跡を訪れてきました。

これらの遺跡群を見て歩いてきて、
ワタシが自身の中で発見したことがあります。
それは……



ワタシ、遺跡、全然興味ないゎ…(´-ω-`;)ゞ



ってこと。

残念~ッ!!!! (←って、古すぎ??…笑)

これは、本当に “ブタに真珠” な、残念な、事実でございます。ハイ…(´-ω-`;)ゞ

でもさ。
いっくら好きじゃないな~と自覚していても、
目の前に【ペトラ遺跡】や【アブシンベル宮殿】があったら、
やっぱり「これは見とくかな」…って、思ってしまうのが人情ってもんでしょう。(笑)
もしかしたら、“新たな感慨” なんかが生まれるかもしれないし。(淡い期待…)

そんなノリ(?)で、今回も行って参りましたさ。
【アンコール遺跡群】
これは、本当にめちゃめちゃ有名ですもんねぇ~。

アンコール遺跡群は、
かなり広大なエリアに点在しているので、
多くの旅行者たちはトゥクトゥクをチャーターして見て回ります。

しかし、ワタシ達のように、
とりあえず有名所をおさえられれば十分♪っていう人ならば、
レンタルチャリで回るのがオススメ!

誰かに連れ回されてると、
それだけで疲れちゃうからね。
自分達のペースで好きなように回れる自由度もGood!

シェムリアプの町からアンコールワットのある遺跡エリアまでは、
チャリで走ること約30分。

快晴のお天気の日に出かけてしまうと、
暑くて暑くて死にそうなので、
ワタシ達はあえて曇り空の日を選んで行って来ました。
(写真撮影には向かないんだけど…ね。)


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まずは、【アンコール・トム】

DSCF2242.jpg

シェムリアプの町ではそんなに見かけなかった
日本人観光客が わんさか いて、驚いたー。
観光客の半数は日本人だったかも!?!?

実は、こういう観光地で、
日本人の団体様がいると、
うちらにもちょっとした特典が生まれるのダ!
(* ̄ー ̄)ニヤリッ

それはズバリ、日本語ガイドの盗み聞きッ!
いえいえ、、、盗み聞かなくても
聞えてきちゃうんだってばァ~ (=´▽`)ゞ

DSCF2257.jpg
タイ人の日本語ガイドは、この観音像を指して、
『日本の京唄子さんに似てますよねぇ?』なんて言って
周りを沸かせていましたよ。
よく知ってるねぇー!


アンコール・トムの中心にあるバイヨン寺院には、
長~い回廊に彫刻壁画が残っていて、
それはそれはよくできていました!

当時(12世紀後半~13世紀初頭)のクメール人の生活の様子が
とってもわかりやすく描かれています。

DSCF2270.jpg
象に乗って遠征に出かけるシーン。

DSCF2278.jpg
こちらはチェスを楽しむ人たち。

DSCF2280.jpg
宮廷料理を作っている厨房の様子。

とっても分かりやすい彫刻で、
楽しい想像をかきたてられます。
彼らは本当に、とても豊かな文明を築いていたんですねぇ~。

【アンコール・トム】は、
結構広大なエリアに渡っています。
先ほど紹介したバイヨン寺院を中心として、
四方に5箇所の門を構えているのですが、
そのうちのひとつ 『死者の門』は、なかなかオススメです。

DSCF2296.jpg
ちょっと不安になるくらい誰もいない、
うっそうとした木々が生い茂る小路を
チャリをグングンこいで入っていくと…。


バイヨン寺院は、
あんなに沢山の観光客で溢れかえっていたのに…
この小路には、人っこ1人いなくて。
なんで???って感じだったんですが。

その時、突然、現れた!!!
『死者の門』

DSCF2295.jpg
おぉ~~~!!ちょっと鳥肌…。
こんだけ誰ぁ~もいないとこで対面すると、
なんだか『第一発見者』の気分 (*・∀・) ♪
(しっかり道ができてたケド…さ。笑)


森の中で、
人々に忘れられたかのように、
ひっそりとたたずむ姿が妙にロマンでした。


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お次は、【タ・プローム】
これは、ちょっとカッコ良かったぞッ!

周囲に生い茂っているガジュマルの樹が、
この遺跡寺院を飲み込むようにして、
根を伸ばしています。

DSCF2321.jpg
これは……すごいッ!!
まるで物語にでてきそうな光景です。


DSCF2317.jpg
どうです?この、遺跡と大樹のせめぎ合い。
どちらも、負けまいッ!!として頑張ってるように見えるなぁ…。


DSCF2323.jpg
もう、樹のオバケでしょッッ!!

ここ 【タ・プローム】は、
発見当初から修復せずに、
そのままの状態で保存されているそうです。
アンコールワット、アンコールトムと並ぶ、
人気のスポット。

う~ん。納得。
これだけ迫力ある光景は、
なかなか見られるもんじゃないもんね。


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実は、アンコール遺跡群の観光には
ちょっとした注意点があります。

【アンコールワット】は西向きに建てられていて、
それ以外の遺跡群はすべて東向き。

…というわけで、
写真撮影を考えると、
【アンコールワット】は日の当たる午後に行き、
それ以外の遺跡を午前中に回るのがベター。

曇天とはいえ、
一応、ワタシ達もその注意に従って…
しばしの休憩。


DSCF2330.jpg
アンコール遺跡を目の前に、
ギンギンに冷えた【アンコール】ビール!!
こりゃ、オツだねぇ~ヽ(*´∀`)ノウハハ



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いやぁ~それにしても、暑いッ。
ア゛ヅイ゛ィィィ…。


かれこれ4時間、見て回ったけれども…
もぉ、クタクタよ。
この暑さで、体力消耗速度が半端なく速いっす ┗(;´Д`)┛ゼイゼイ…

本当はさ、
【プノン・バケン】と言われる丘に上って、
夕日に照らされる【アンコールワット】
拝んでから帰ろう!って思ってたんだけどさ。

なんせ、、、暑いッ!わけ。

もぉ、やっぱ、ムリッ!つーことで、スンマセン。

【アンコールワット】は、
ちゃちゃ!っと、ヤッツケてきてしまいました┗(;´Д`)┛

DSCF2347.jpg
ハイ、コレ、一番有名なやつ~!
(って、tomoちゃん風になってきた!?笑)



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『遺跡興味ない』 と言ったわりには、
結構楽しんでますね?ワタシ。
(こうして、ブログを書いてみて、改めて気づいた…。笑)

とにかく、暑さにやられてて、
現地では『楽しい』とか思う余裕もなかったのですゎ。

せっかく、そこまで来てるんだから。
『行かないより、行った方がいい!』ってことよね。
と、毎回、こんな感じで、
結果オーライな遺跡観光をしておりまっす *´∀`)v

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テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

ゆら~り船旅 バッタバン~シェムリアプ

首都プノンペンから、次の目的地【シェムリアプ】までは、
バスで安く、簡単に移動できます。
(約5H/US6ドル)

でもワタシ達は今回、あえて割高に遠回りすることにしました。

プノンペンからバスで一旦【バッタバン】という町まで行き、
そこから【シェムリアプ】までは、
Sangker(サンケイ)川をボートで移動する方法を
ガイドブックにオススメされたからです。(笑)

Sangker(サンケイ)川には水上生活者が沢山いて、
ちょっとした町ができあがっているんだって。
彼らの生活風景を眺めながら、
のんびりボートで移動できるなんて…楽しそう♪

【バッタバン】から【シェムリアプ】までのボート代はUS17ドル
乾期だと約4h、雨季だと約7hかかります。(今は雨季)

『単なる移動費』と考えるとかなり高額ですが、
ここの水上生活を見に行くボートツアーに参加するとUS15ドルかかるので、
観光しながら移動もできる!と考えれば、
まぁ悪くないかな…って思える料金です。

早速、ボートに乗り込みます!
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乗客のほとんどは外国人旅行者。
途中区間は、大荷物を運ぶ現地人もちらほら利用してた。


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船内にはトイレも付いていて(もちろん?垂れ流しトイレ。笑)、
屋根もしっかり付いているので、長時間の乗船でも安心です。
日光浴好きの人は、屋根上もOK。


川は波がたたないから、
ボートも揺れなくて、静か。
スーッと風を切りながら進んでいくのが気持ちいい~!

川岸には、早くも水上生活者のボートハウスが見えてきます。
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生活感たっぷりのボート。
煮炊きをしている煙が上がっていますね~。


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こちらは離れ付きのお家。
テレビのアンテナまでついてるヮ!


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地元の人たちは、自転車感覚で
小さな手漕ぎボートを利用して、あちこち移動しています。


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おばちゃんは大きめのボートで出動してますね。
大きな買物でもするのかな?


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こちらは水上商店。
生活に必要なものは一通り揃っているそうです。
へぇ~、結構便利な生活してるんだね。


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ワタシ達の乗っているボートを見つけると、
子供達が元気よく声をかけて、手を振ってくれます。
こういうのって、旅をさらに楽しくしてくれるよね♪


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すれ違ったのは、6連のボート!!
大家族でお引越しでしょうか??


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ちょっと都会にでてきましたョ。
ワタシ達のボートもここで一旦、休憩。


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気になってた『水上商店』の中に入ってみる。
地上の商店と変わらない品揃えにビックリ!
こちらの店は、食堂も兼ねていました。


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商店の裏手には、食材用に家畜も飼われてた!
ボートの上でも、陸上と同じ生活ができるんですねぇ。


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こちらはお手洗い。
『やっぱりね…!』という造りでした。(笑)


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ペットの犬までいるよ~!!
お散歩の代わりに、川泳ぎするのかな!?



7時間の船旅はあっという間でした。

彼らの 『日常生活』
ワタシの目には 『非日常』 に映って
とっても新鮮だったな~!

プノンペンからシェムリアプへ行く際、
時間があるのなら、
ぜひ、この船旅を体験してみてくださいな。

テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

ポト野郎の時代

皆さんは、 『ポル・ポト』 をご存知でしょうか?
おそらく、その名くらいは、誰もが耳にした事があるはず。
カンボジアの、恐ろしい近代史を作った主役。

彼は毛沢東の思想に強く影響され、
共産組織『クメール・ルージュ』の最高幹部となって、
1975~79年までのわずか4年間に、
国民の3分の1にあたる200~300万人の命を奪ったといいます。


P1140405.jpg
これが、ポル・ポト。(1998年死去)
この恐ろしい狂気の時代を
カンボジアの人々は
『サマイ・ア・ポート(ポト野郎の時代)』と
呼ぶそうです。


ポル・ポトが政権を取る以前から、
カンボジアはベトナム戦争に巻き込まれる形で、
激しい爆撃にさらされ、
国内の政治は混乱し、内戦状態にありました。

5年におよぶ内戦を終結させ、
新しいカンボジアを!!という
民衆の期待を背負って、
一国の党首となったのが、
皮肉にもこの男だった、というわけです。

1975年4月17日。
民衆の喝采を浴びて、
プノンペン(首都)入りした
ポル・ポト率いる『クメール・ルージュ』は、
その日のうちに、
プノンペン住民に銃口を向け、
農村部へ強制退去させました。
その数、200万人。

首都は1日にして、ゴーストタウンと化したそうです。

1年で一番暑いと言われる、4月のその日。
死体や糞尿で埋まった道を人々は
着の身着のままの姿で、
ただひたすら歩き続けました。

ポル・ポトが目指したのは、
農業を中心とした極端な共産主義国家。
そのために、全国民を1日で農民にしてしまったのです。

それまでの社会制度、通貨、伝統文化、教育、宗教etc…
すべてを否定し、人々の自由のすべてを奪いました。

農村に連れてこられた老若男女すべての人々は、
家族と離れ離れにさせられて、
労働グループの集団生活を送りながら
強制労働を課せられました。

満足な食事も与えられない環境での、過酷な労働。
人々は栄養失調、病気、過労、処刑のために、
次々に命を落としていったそうです。

また、ポル・ポトは、
政治権力維持のために、
“内部の敵”の粛清も徹底的に行いました。

彼の側近を務めた人間や、
長年クメール・ルージュに貢献してきた人間、
さらにはその家族までを
裏切り者として処刑しています。

最大の政治犯尋問センターとして使われた
プノンペンの『トゥール・スレーン刑務所』は、
現在、ポル・ポトの残虐行為を象徴する
博物館として残されています。

元は高校の校舎だった『トゥール・スレーン刑務所』
ここで、多くの人々が拷問の末、処刑されました。

こうした無謀な計画は、
当然のことながら、すぐに行き詰まりを見せ、
1979年1月、ベトナムが支援する新政権が成立。
ベトナム軍がカンボジア全土を占領する形で、
クメール・ルージュの支配が終わりました。

この時、『トゥール・スレーン刑務所』には、
殺害された14人の遺体が
ベッドに縛り付けられたまま放置されていたそうです。

このときのベッドや足かせ、犠牲者の衣類などが
当時のままの状態で展示されています。

クメール・ルージュ看守たちが撮影した
収容されていた人々の顔写真や、
処刑後の遺体の写真も展示されています。

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世界でもっとも恐ろしい博物館、
『トゥール・スレーン刑務所』の建物から。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

自分が生まれていた同じ時代に、
こんなに恐ろしい目に遭った人達がいたなんて。
衝撃だった。

カンボジアと聞くと、
ただ漠然と『暗いイメージ』を持っていた。

内戦、地雷、ポル・ポトの大虐殺…
こうした耳で聞いていた情報によるせいだろう。

これらは、確かにカンボジアが
通ってきた過酷な事実。

でも、今、ワタシの目の前にいる
カンボジアの人々を見ていると、
こんなに過酷な歴史を経験してきた人たちだとは、
とても想像できない。

なぜって、
それは、彼らがとてつもなく明るいから。

ポル・ポト時代を経験した人で、
肉親を1人も失っていない人は
皆無だと聞いている。

そんな悲しい現実とは真逆に見える、
カンボジア人の明るさには、
トゥール・スレーン刑務所で受けた衝撃とは
また別の、衝撃を受けた。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

カンボジアは、
ポル・ポト時代以降も政情の不安定が続き、
何度となく、内戦状態を繰り返してきた。

98年にポル・ポトが死亡。
近年やっと、本当の平和を取り戻した、というところ。

政治経済の中心的人物、学者、文化知識人etc…
国を担うべき有能な人材のほとんどを失ってしまい、
多くの文化的遺産も破壊されてしまった
カンボジアの復興は、困難を極めると言われている。

しかし。
今、カンボジアは本当に活気があります。

主要道路はほとんど整備されていているし、
プノンペンは想像以上の発展ぶりだった。
観光地は、ものすごい数の外国人旅行者で溢れている。

たった十数年で、
ここまでの回復を見せているなんて、驚きです。

彼らなら、きっと、
この国を立ち直らせられるだろう、と思う。

『頑張れっ!!!!!』

心の底から、そう応援したい。


テーマ:世界一周 - ジャンル:旅行

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